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大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)574号 判決 1968年11月27日

理由

一、控訴人がその主張どおりの記載のある被控訴人振出名義の本件約束手形三通を所持することは、被控訴人の認めるところであり、右各手形であること弁論上明かな甲第一ないし第三号証中被控訴会社の記名印、会社印及び代表者印の各印影がそれぞれ被控訴会社の印の押捺によるものであることは被控訴人の認めるところであるから、一応その成立は真正であり、従つて右各手形は適法に振出されたものと推認すべきであるように見えるが、成立に争のない乙第二号証の印影(控訴会社において取引銀行である株式会社三和銀行御蔵跡支店にその普通預金に使用する印鑑として本件手形振出当時届出でていた印鑑であること当裁判所の送付嘱託手続上明かである)と対照すれば右手形に使用された印鑑が右取引銀行に届出してある印鑑と異ることが明らかであり、《証拠》を総合すると、本件手形は被控訴会社の使用人生駒勝太郎が友人市川曻に貸与して金融を得させ、よつて同人に対する自己の貸金を回収するため、無断で被控訴会社代表取締役浜口庄三の記名印と会社印ならびに被控訴会社が領収書等に使用させる(手形振出には使用しない)印として使用を許していた代表取締役印を用いて作成した偽造のものであることが認められる。甲第四号証の一の手形は交換により落ちているけれども、その代表者名下の印影は本件手形のそれと異り、被控訴会社が銀行取引に使用するため取引銀行へ届出た印鑑と一致すること前掲乙第二号証に照し明かであり、被控訴会社代表者もやむなくその支払に応じたことが《証拠》によつて認められるから、この書証は前記認定の妨とならず、同号証の二、三によつてもこれを覆えし得ないので、本件手形が真正に被控訴人によつて振出されたとの控訴人の主張は失当であり、その表見代理の主張も、前記生駒において、被控訴会社のために代表者を代理する意思の下に直接にその記名及び名印を押捺したのではなくて、自己の友人に金融を得させ、よつて同人に対する自己の貸金の回収を計る目的すなわち自己のために本件手形を偽造したものであること前記のとおりであるから、これまた失当たるを免れない。

二、更に、被控訴会社が生駒勝太郎の振出行為を追認した旨の主張(この主張のうちには、単に生駒の無権代理行為の追認のみならず、偽造手形についてその手形金の支払を約したとの主張も含むものであるとしても)も、この点に関する《証拠》によつても本件(2)の手形の割引をした訴外北浜相互商事の使用人村上周抜において右(2)の手形振出の真否を前記生駒に対して照会した真正である旨の回答を得たことを認めうるに止まり、被控訴会社代表者その他手形振出の権限を有する者がその振出の真正を認めたことを認めうる証拠がないから、失当である。

三、然しながら、本件手形を作成した前記生駒勝太郎が被控訴会社の使用人として経理事務を担任し、手形振出行為についても代表者印の押捺以外の作成事務に関与していた者であることは被控訴人の自認するところであり、《証拠》を総合すれば、同人は前記のとおりの被控訴会社の地位にあるのを奇貨として、前記の通り自己の債権回収の手段として本件手形を偽造して、これを訴外市川曻に交付し、市川は自己に金融を得るため、予て知合の控訴人にその割引の仲介を依頼したので、控訴人はこれを真正振出のものと信じて自身裏書の上、(1)及び(3)の手形を訴外株式会社大貴に、(2)の手形を北浜相互商事なる者に、それぞれ交付して割引を受け、よつて受領した金員を市川に交付したところ、前記のとおり不渡となつたので、各割引先から責任の追及を受け、そこで右(3)の手形金一五万円のうち九万円を市川に出金させ、残額六万円及び(1)、(2)の各手形金、以上合計金五四六、〇〇〇円を自ら出捐して本件各手形金を償還し各手形を受戻したことがそれぞれ認められ、《証拠》中控訴人が本件手形の偽造を知つていたとする部分は前掲各証拠に照し到底信用することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そして右認定の事実関係によれば、控訴人は生駒勝太郎が被控訴会社の事業執行につき為した不法行為により金五四六、〇〇〇円の損害を受けたものというべく、従て被控訴会社は使用者として右損害を賠償する義務がある。(昭和三二・七・一六及び同三六・六・九最高裁判決参照)

四、この点について被控訴人は、生駒勝太郎の選任監督につき相当の注意をした旨主張し、そのうち被控訴会社の代表者印(銀行取引に届出の印、従て手形行為に使用する印鑑)は代表者自身が保管していたことは原審における《証拠》によつても認めうるところであるけれども、これだけで被控訴会社が生駒の監督につき相当の注意をしたものということはできず、他に右選任監督につき相当の注意をしたことは認むべき証拠がなく、その過失相殺の主張も、控訴人自身が被控訴会社に対し右振出の真否を照会したことを認むべき証拠はないけれども予て知合の市川曻から割引の仲介を頼まれて応諾したものであること前記のとおりであるし、本来手形のような流通証券はその形式が一応完備し疑わしい特別の事情がない限り一々その振出の真否を確認して取得するのでなければ取引上の不注意であると解すべきではなく、右のようにして控訴人が取得した以上未だこれを以て控訴人の過失というに足らず、他に右過失のあつたことは証拠がなく、従て被控訴人の右各主張はいずれも失当である。

五、してみると控訴人の本訴損害賠償の請求中、被控訴人に対し金五四六、〇〇〇円及びこれに対する右請求記載の昭和四〇年一〇月二〇日附準備書面送達の日の翌日なること記録上明らかな同月二一日以降支払済に至る迄民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当であるからこれを認容し、その余の本訴請求部分は失当であるからこれを棄却すべく、一部これと異る原判決は不当として変更を免れず、よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条第九二条を適用して主文のとおり判決する。

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